POLNARECORD fan michel polnareff / ミッシェル・ポルナレフ レコードカタログ    
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FRANCE / フランス
<1970 Olympia>

1970年1月 オランピア劇場

 1月14日〜27日、アランピア劇場にてグランド・ウディト(第2部の真打)として、初の本格的リサイタルを行う。2台のドラムス、オルガン、ギター、ベース、時代めかしたピアノ、3人のストリングスを使って、新曲、AVEC NINI(アベク・ニニ)等を、奇抜な照明効果を用いて発表した。

ラース家の舞踏会、 渚の想い出、 ノンノン人形、 シェリーに口づけ、 鳥の女(ヨーデル)、 愛の終りに、 アベク・ニニ、 バラ色の心、 ステキなランデブー、 僕はアイスクリームの中から生まれた、 人生は星の流れ、 愛の願い、 想い出のシンフォニー、君の幸福と僕の悔恨、 (順不同)

 「今まで見てきてもらったものとは全く違うものになる。僕は他の歌手がマイクの前でお行儀良く歌ってるのを見て、なんて退屈なんだと気付いてしまい、何か新しいことをやりたかったんだ。ファンの皆を自分の世界に引きずり込んでやろうと決めたんだ。オランピアにはもう舞台も客席もなくなるだろう。ただ一つの“会場”となるだろう。舞台にはスピーカー類は置かない。客席側に重低音が響き渡るんだ。音は普通前方から来るものだが、歌によってあらゆる方向から流れるようにする。雰囲気が全く変っていく。オランピアの大オーケストラではなく、この2年間一緒だった僕自身の12人のミュージシャンが素晴らしい仕事をやるだろう。僕のコンサートの基となるのは詩と不条理だよ。舞台装置?夢の工事現場には詩の職人達がいる。特別あつらえの足場にはタキシードを着た労働者達がいる。ガリバー旅行記のようだね。小人の国にいるガリバーのように、巨人の国にいるガリバーのように、妖精のように、サンタクロースのように、神秘的で、大人の為の人形芝居グラン・ギニョールのようだ。僕は自分自身を壇上に据える。コンサートのあとファン達は自分が映画館にいたのか、劇場にいたのか、ミュージックホールにいたのか考えるようなら僕の勝利だ」
(フランス・ソワール1970年1月2日)

 オランピアでの最初のコンサートは1970年1月14日に始まった。S席がおよそ25フラン。この興行は次に続く国内ツアーへの始まりでもあった。ミッシェルの目的はファンを魅了するだけでなく、革新的、感動を与えるものであった。彼がラース家の舞踏会を歌うと、2台のロボット人形が(名をベルナール・プルメルとフィリップ・デュバルという)動き出す。歌詞と音楽が完璧な調和を見せる。この他の曲目は渚の想い出、ノンノン人形、シェリーに口づけ、鳥の女(ヨーデル)、愛の終りに、アベク・ニニ、バラ色の心、ステキなランデブー、僕はアイスクリームの中から生まれた、人生は星の流れ、愛の願い、想い出のシンフォニーなどである。クラシック風に新しくアレンジされた曲や、信じられないような光の演出にかざられた“君の幸福と僕の悔恨”に聴衆達は完璧に心を奪われてしまった。舞台ではアーティストはいかなる誤魔化しもできるはずもない。ファンはそこに偉大なミッシェルの無限の才能を発見したのだ。ここでの舞台装置は(器材、梯子、照明、スピーカー等で3t)なんと一千万旧フランをかけた。

 ロック&フォーク誌38号
 「オランピアは魔術師ミッシェル・ポルナレフの手によって劇場へと変貌した。ミュージシャン達は空から降りて来る。蝋人形や生身の人形が現実を切り裂く。ポルナレフのどの歌も繊細なミニアチュールのようだ。可憐で秘密めいて、いささか禁じられた物のよう日刊「フランス・ソワール」はカルメン・テシエの欄にオランピアでの出来事をこう締めくくった。
「幕間が終わりそして奇跡。ポルナレフの情熱と才能は穢れと観客を焼き尽くした。Peter Townsendは英国的冷静さと広報の仕事を忘れ去ってしまった。眩いばかりの音楽の1時間後に“もう1曲!もう1曲!”と。」

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